片づけられない人 考察

私の亡き母は、横綱級の片づけられない人でした。

母よりはるかにはるかにきれい好きだった私は、
幼い頃から、
母が管理している ( いや、全然管理していない ) 実家が大嫌いでした。

学生時代、ひとり暮らしをしていて、
実家に帰りたいと思ったことは一度もありません。
夏休みになると実家に飛んで帰る友だちも多くいましたが、
私はそれをしませんでした。



家族以外を家に絶対入れないようにしていた、母。

でも、家の中の状態を他人様に知られないでいる方が奇跡。

この状態が他人様に知れたら、
私たち三姉妹はたちまち世間の笑い者になり
( 地方都市の世間は狭い。)、
だらしないと言われて嫁に行けなくなる。

真剣にそう悩み、母に訴えたこと、数知れず。
そのたびに母はうなずき、「待ってな」と言い、
状況は何十年も変わりませんでした。



妹と私が嫁に行けたのは、
私が自分の時間を犠牲にして、家の中を片づけたからです。
その長さ、なんと、2年。

1軒の家を片づけるのに2年もかかるなんて。
しかも、朝から晩までそれだけに専念して、です。

( ちなみに、私がその2年を終えて実家を離れてから、
家の中はあっという間に崩れていきました。
それを見たときの悔しさたるや、悶絶もの。)



敢えて「犠牲」と書きました。
母は、そこまでピンとはきていなかったでしょう。
超・お姫様の母は、
自分は人から何かしてもらうのが当然と思って
生きていた人だからです。



かなり変わり者で、
かなりぶっ飛んだところもあった母。
そういう話だけ書けばきっと、
「楽しいお母さんですね」になると思います。

それだけを抽出して書いてみようかとも思っています。
そのうち。



親は選べない、といいます。

実は、人は親を選んで生まれています。
あるいは、自分が選ばずとも、
必要があってその親の元に生まれてきているのです。

それを私は大人になってから知りました。

私が、史上最強のだらしない母の元に生まれたことには、
どういう意味があるのだろうか。
ずいぶん考えました。

答えは出ています。
だから、あの家の人間でいなければいけなかった数十年間を、
今、活かして生きているのです。




さて、片づけられない人は、いくつかに分類できると思います。

A. 家でも外でも片づけない

B. 外ではちゃんとしているが、家では片づけない

まずはこの2つに大別できるかと。



友だちと本屋に行ったときのこと。

平積みになっている雑誌コーナーへ行きました。
ちょうど、店員さんが雑誌の縦横をすべて揃え終えたところでした。

友だちは、1冊を手に取り、パラパラと中を見ました。

そして、閉じたその雑誌を…

バサッと

置いたのです。

ついさっき店員さんが揃えたばかりの山は、
彼女のパサッで乱れました。

私は、ただただ驚きました。



彼女は A タイプです。

付け加えますと、
こういう人はバッグの中がぐちゃぐちゃです。

うちの母、こっち。



別の友だち。

彼女は、某一流企業に就職しました。
成績がよかったし、何事においてもきちんとした人だったからです。

ところが、彼女は実は家では相当だらしなかったらしい。
仕事から帰り、自分の部屋へ行くと、
脱いだ服は椅子の背に。

それが1週間分溜まるのだそうです。
へたすると、土日に遊びに出かけてしまい、
椅子の背の服が2週間そのままなこともある、
と彼女が教えてくれました。

彼女は実家住まい。
ごはんはお母さんが作ってくれるし、掃除もしてくれる。
家では自分のことだけしていればいいのでした。

それでも部屋が片づけられない。

B タイプ。



というところまで書いて、きょうは終わります。


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「静かな樹」は、カウンセリングとヒプノセラピーのサロンです。

どのような考え方に基いてカウンセリングを行っているのかを

書いていきたいと思います。

 

毎週月曜日 朝8時、更新予定です。乞うご期待。

平成24年9月30日 (中秋の名月)