あり得ないほどひとりでがんばった人は

亡くなった父がそうだったのですが。

生まれ育った環境が原因で、
子どもの頃、
ひとりでがんばり抜いた人がいます。

物理的にはひとりでないのに、
周囲に助けてくれる大人がいなくて。

あるいは突き放されて。

そういう人は
目指すものを自分で決め、
さびしい苦しいという思いを押し込めて、
ひたすらがんばります。
努力のしかたすら自分で考えます。

大人になり、何かを達成します。
つらさをものともしないので、
絶対にやり遂げるのです。

その成果は
人々から称賛されるでしょう。



ただ、その強さの底には、
「誰も助けてくれなかった」
という大きな悲しみが潜んでいます。
さびしさ、苦しさとともに。

「自分はそういう中でがんばった」
という自負があります。

これが非常に強い。

するとどうなるか。

ちょっとやそっとでは
人の努力を認めません。

誰かが、
人の助けを得ながら
成し遂げることが許せません。
「それくらい自分でやれ!」
「私はその何十倍も苦労した。」

人を助けることが苦手です。
目の前のこの人は
自分の助けで楽をする、と感じます。
自分は一切助けてもらえなかったのに。

それはとても悔しい。

だから突き放す。



特に、身内に対してこれが出ます。

子どもを突き放して育てます。

子どもも
助けを得られずに育つことになります。



親の愛を知らない人は
自分が親になったとき、
愛し方がわからない。

その、愛し方がわからない親に育てられた
子どもはどうなるでしょう。
そのまま行けば、
自分の子どもを愛せません。

途中にいる誰かが気づいて
ガラリと変えない限り、
連鎖はつづく。

それでいいのでしょうか。


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メンタルコンサルテーション
静かな樹


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