人生の自由について

あなたは自由だ。

そう聞いて反射的に、
「でも…」と思うなら、
あなたは自由ではない。

自由なのに、
自由ではないと信じている。



当たり前だが、自由は責任と対だ。
何をしてもいいというのが
自由ではない。




まじめなあなたなら、
責任を重んじるだろう。

すると、
自分の自由を
責任の前に投げ出してしまう。
それが習慣になってしまう。

そういうことがある。



責任に重点を置き過ぎているのだ。


そういう人に限って、
「あれをしなくちゃ。」
「これをしなくちゃ。」
「大変、大変。」
といい、
決して肩の荷をおろそうとしない。

これは
別のことばで言えば、自己犠牲だ。



世の中、
自己犠牲の好きな人がたくさんいる。

そういう人は周りから、
よい評価を得る。

そして、重宝がられる。

なんでも引き受けてくれるから。



よい評価が心地よければ、
一生つづければいい。

しかし、
自由は放棄したままだ。

生まれるとき、
自分がこの人生で成そうと
決めてきたこと、
本当にやりたいこと、
そういったことをする自由を
放棄したままだ。



他人にあなたを評価する権利など
ありはしないのに、
それを第一にするのは、
人生を
自分のものにしていないのと同じ。


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メンタルコンサルテーション
静かな樹

どのような考えに基いて
カウンセリングを
おこなっているのかを
書いております。

あなたの原動力は

がんばって生きるための
あなたの原動力はなんですか。

それは
自分の外にありますか。
中にありますか。

外にあるなら、
もしそれがなくなったとき、
どうしますか。



たとえば、
誰かのためにがんばっている
とします。

それはそれでいいのですが、
その「誰か」が
自分から離れていったとき
どうしますか。



オリンピックで優勝すること
を原動力にして努力を重ね、
優勝した途端に
目の前が真っ暗になり、
自殺したくなった
という人を知っています。



ずっと目の前にあるわけではないものを
原動力にしていると、
それがなくなったとき、
途方に暮れます。

極端なことをいうなら、
無人島に流れつき、
ひとりで生きていかなければならない
としたら?



誰も見ていなくても、
自分の魂を磨くこと。

これを人生の原動力にしていれば、
無人島も怖くありません。

もちろん、
無人島でなく今の環境でも、
人が見ているかどうかや
人にどう思われるかも
関係なくなるはずです。


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