可能性は常に大

過去を振り返って、
この先できそうなことを決める。

という考え方で、
より大きなものを目指す。

それはそれでいいこと。

どうぞ目指してください。


ただ、別の可能性もあるということを
常に心に留めておいてほしいのです。

可能性は
あなたの中に眠っています。

可能性はいくつもあるのです。


これをやってみたい、
あれをやってみたいと思うのは、
可能性の糸の端。

それを引っ張ってみましょう。



もちろん、たとえば今の私が、
「短距離走でオリンピックに出たい」
と思っても、それは叶わない。

けれども、
本当にやりたいなら
別の大会を目標にすればいい。



やりたいことがあるけれども、
事情があってできない場合は、
それに近いことをやればいい。

それだけの話。

くれぐれも、
「〇〇だから、できない」
といって終わらせないこと。

「できない」というクセをつけないこと。


可能性は常に大なのです。

できる、できる、できる。



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毎週月曜日 朝8時
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不幸に酔いしれる自由

日本人にも、こういう方がいます。

自分の不幸、苦しいこと、つらいこと
についてとうとうと語る。

聞いてくれる人がいるなら、
誰かれかまわず、必ず語る。

ところが、
うれしいこと、恵まれていること、
楽しいことについては、
ほんのひとことしかいわない。
「うれしいです」
「よかったです」


こういう日本人は、
しあわせが長持ちしないタイプです。

ほとんどの時間、
不幸に意識を向けているからです。


おそらくそういう方は、
「だって、私の人生、
つらいことばかりなんです」
とおっしゃるでしょう。

だから、そのつらさを人に聞いてほしい。

他人はしあわせそうに生きているのに、
自分は不幸が重なる運命のようだ、
と信じていらっしゃるのでしょう。


しかし、
ひとたび日本の外に目を向けたならば、
衛生的でない地域に住む人、
迫害されている人、
基本的なことすら得られない人たちが
大勢います。

そう、このことを言いたくて、
初めに「日本人にも」と書きました。



何事も比較する必要はありません。

誰々よりはましだから、ま、いいか。
という考えはよくないのです。

それにしても、
日本に住んでいるというだけで、
「うれしいです」
「よかったです」
では済まない恵みを
毎日毎日ふんだんに受けています。

そこに目を向けず、
自分を不幸だと思うのは
その人の自由。


しあわせを呼ぶのも自分。
不幸を嘆くことに酔いしれるのも自分。

その自由があることすら、
すごいことなのです。



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与える行為と自己犠牲の境界線

自分の持てるものを
人のために使う。

すばらしいことですね。


では、
どこまでを人のために
使えばいいのでしょう。


単純ですね。

自分が十分に健康で、安全で、
心おだやかでいられる、
そういう状態を維持した上でです。

飲まず食わずで
ボロをまとって、
そして捻出したものを
他人に与えるのはおかしい
ということです。


時間だってそうですね。

寝る時間を削って
人のために働くのは、
決してよいこととはいえません。

こういった
犠牲的精神をよしとする人が
まだまだ多いと思います。

犠牲は必ずしも美しくはありません。

ただし、例外はあります。
大いなるもののために
自分を捧げる行為。


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