比較は不要と知る

小学校時代の担任、
A先生。

顔の輪郭が
特徴的でした。

子どもの頃から
様々いわれてきただろう
と推測できます。

性格的に少々ひねくれた
ところがあったのも、
そこからきているのではと
思います。



そのA先生に
ばったりお会いしたのは、
大人になってからのこと。

私は妹といっしょでした。

ご挨拶し、
「妹です。」
と申しますと、A先生は、
「まあ、顎がほっそりして
おきれい。」
とおっしゃいました。

ああ、そこなんだ、
と思いました。



誰かに会ったとき、
その人のどこに目がいくか。

A先生の場合は
顔の輪郭だったのです。

それほど
彼女が気にしている点
だったということです。



自分が引け目を感じ、
気にしていること。

それは常に心の表面に
居座って、
他人との比較に
つながります。

しかたないこと
なのでしょうか。

本当は、
しなくてもいいこと
ではないでしょうか。



外見について。

能力について。

育ちや学歴について。

どれもこれも、
比べたらキリがありません。

一喜一憂し、
気持ちの乱高下が起きます。



自分の本質も他人の本質も、
輝きそのものだと知れば、
比べる必要などないと
わかります。



ちなみにA先生はその後、
教育界を去ることに
なりました。

くわしくは書けませんが、
自分のすばらしさを
安定して感じることができずに、
事を起こしてしまったようです。



比較は不要です。

自分の内に輝く本質に、
立ち返ればいいのです。