わくわくワッハッハワッハッハ

夢をつかもうとして一番遠いのは、悲壮感があるとき。

わくわくワッハッハワッハッハで進めば、
夢は手の届くところまで降りてくる。

突然、ヒョイと。


どうしてこれが夢の実現につながるのだろうと
疑問に思うできごとも仕事も、
わくわくワッハッハワッハッハの中で取り組んでいけば
最後にわかる。

やはり、夢につながっていたのだと。


わくわくは湧いてくるもの。
湧いてきたら大事にしよう。

ワッハッハワッハッハはいつでもどこでもできる。
すぐに習慣にしよう。


わくわくわく。

ワッハッハ。

胸を広げ、手を広げ、

がっちりつかもう、夢。

 

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「静かな樹」は、カウンセリングとヒプノセラピーのサロンです。

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書いていきたいと思います。

 

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平成24年9月30日 (中秋の名月)


本当に在るものをそのまま現す

私たちが人生を送っているこの三次元世界には、
本物と偽物があります。

現世は、「現し世」といわれます。
光源があって、そこからまばゆいばかりに光が出ていて、
その光がレンズを通して映し出されたもの。
それがこの世界なのです。

光源は、ただただ輝いています。
そこから出た光がどういうレンズを通るかで、
そのまま現れたり、歪んで現れたりするのです。

現し世に善と悪が混在しているように見えるのは、そのためです。

けれども、見えているに過ぎない。
元はひとつ。光だけ。

世の有りようを嘆く人は、
見えているに過ぎない悪を
本物だと思ってしまっているのです。

たとえば、生まれたばかりの赤ん坊を見つめる母のまなざし。
そこには、本物の愛が現れています。

子供をビニール袋に入れてベランダに放置する母。
そこには本物の愛は現れていません。

けれども、現れていないだけなのです。
放置母は、現し方を誰にも教わらなかったのでしょう。
自身が愛情豊かな環境で育ったなら、
そういう母には決してなりません。

光源からまっすぐに伸びる光を、
曇りも歪みもないレンズに通したとき、
そこに現れるのは光そのもの。

人生は、光そのものを現すための訓練の場です。

レンズとは、自分の心のことです。

曇りも歪みもないレンズをもって映すかどうか。

その選択はひとりひとりに委ねられています。

 

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平成24年9月30日 (中秋の名月)


「高きひとつの目標を掲げよ」

ほとんど読書しない日々が続いています。

本棚には読もうと思って買った本、読みかけの本。
シリーズもので、途中の巻までしか読んでいないもの。
それらを横目で見つつ、数ヶ月。


心の底からの興味がないと、
読む気にならないようです、私。

どうやったら興味が湧くのか…模索します。


さて、私の人生に一本太い柱を通したのは、
谷口雅春さんという方の本です。
生涯にかなりの数の著書をお書きになり、
私はそのほんの一部を持っております。

きょうは、「新版 希望を叶える365章」より抜粋。


***** ***** *****

生活のための職業のほかに、高き一つの目標を掲げよ。
その目標に向って、自分のエネルギーをしぼって努力をそれに集中せよ。
雑然として、あらゆる物に移り気になってはならないのである。
いろいろの精神波動が八方から放送されて来ているのである。
その印象を何ら防禦 ( ぼうぎょ ) することなく受取ってしまっていては、自分の目標とする理想に他の印象が混雑して、いろいろの旧態依然たる精神に引きずられて「新しいもの」を自分の生活に加えることができなくなるのである。

読書するならば、「この人のもの」と思ったら、その人の著述を悉く ( ことごとく ) 渉猟して深く研究し、その人の精髄を完全に吸収するがよいのである。
植物の研究でも深く一種類を発芽から生長、開花結実に至るまで研究していると一切の生物に宿る神秘がわかって来るようなものである。

***** ***** *****


「深く研究」し、「完全に吸収」すること。
それが楽しくできたらいいですよね。
眉間にしわ寄せて、苦しいのを我慢しながらではなく。


私、自分の人生のモットーを、
「のびのびのんびり 明るい努力」
にしようかと、おととい思いつきました。

高き目標への道のりも、明るく楽しく進めば、
途中の景色さえ味わい深いもの。


と、今、上記の本をパラパラめくっていたら、
こんな一文が目に飛び込んできました。


***** ***** *****

生命力は、空しく浪費されるか、破壊的に使われるか、建設的に費やされるかの三つである。

***** ***** *****


あなたは今、どれを選んでいますか。
もちろん、大切な生命力を建設的に費やすことこそ、
この世に生まれた甲斐あるあることですよね。

 

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夢の先のレール

「~したい / なりたい」が、「~する / なる」に変わるときは
どんなときでしょう。

「結婚したい」が「結婚する」に変わるためには、
その間に「相手を見つける」があります。
「相手を見つけたい」ではなく。

願望実現には行動が伴わなくてはならないということですね。

学生が、「就職したい」と言って、
言うだけでこたつにはいってじっとしていたら
就職はできません。

そんな子を見たら、
「自分の足で探しなさい」
とお尻をたたくでしょう。

ところが、「~したい」の別のことになると、
言うだけでこたつにはいっている人が多くはないでしょうか。
そして、「それいいねえ」と相槌を打つものの、
「行動しなさい」とお尻をたたかない人も多い。

この違いはなんなのでしょうね。

就職は、就職先という形がずらりと並んでいるのに対し、
「~したい」は形になったものが並んでいないからか。
あるいは、就職は学校を出た人が当然するものという認識があり、
「~したい」は夢であって、
してもしなくてもいいという感覚だからか。

夢を描いたらそれをかなえるのは当然、
と考えないのはなぜでしょう。


振り返るに、私は学校を出たら就職するのが当然とは
思っていませんでした。

また、夢を描いたらそれをかなえるのは当然、
と考えています。


もうそろそろ、わかってもいいのではないでしょうか。
敷かれたレールに乗って走っても、
そのレールがなくなるかもしれないこと。

夢を描いた先にレールはないけれども、
そのレールは自分で敷けるということも。


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  詳しくはこちら

 

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