感謝は「存在してくれたこと」に

たとえば、

雑貨屋さんにはいったとき、

「ごめんください」といいます、私。



店内を見てまわり、

買いたいものがなかったら、

「ありがとうございました」

といって出ます、私。



そのとき、

店員さんが返事をしないことがあります。

私が何も買わなかったから、ですね。






子どもに、

「何かしてもらったら、

『ありがとう』といいなさい」

と教えますね。



では、してもらえなかったときは?






先日、年配の男性から道を聞かれ、

「ちょっとわかりません。

私、この土地の人間じゃないので」


と答えたら、

「ああ、そう」

といわれて終わりました。






たとえば、

子どもの頃に両親が亡くなって、


苦労した人がいたとします。

その人は、

親を恨みこそすれ、

感謝する必要はない、

のでしょうか。




この世は

魂にとっての経験の場。

両親は

そこに生み出してくれた人たち。

両親の存在があったから

私たちはこの世に出て

経験を積むことができるのです。









自分がしてほしいことを

してくれたからありがたい。

してほしいことをしてくれなかったら、

感謝する必要もない。



という考え方はまちがっています。



その人が存在してくれたことが

ありがたいのです。



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「静かな樹」は、
カウンセリングとヒプノセラピーのサロンです。

どのような考え方に基いて
カウンセリングを行っているのかを
書いていきたいと思います。


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