柔軟であること
2025年6月30日
あまりよくない
大きなできごとが起きたとき。
立ち止まってみて、
「そうか。
自分の柔軟性が足りなかったな」
と思うことがあります。
たとえ、
できごとのきっかけを作ったのは
ほかの人だったとしても。
きっかけはきっかけに過ぎず、
それ以前の積み重ねがあるわけで。
積み重ねの中に、
自分の柔軟性不足があった。
別のことばでいえば、
我(が)を通し過ぎた
ということです。
自分の中に軸を持ち、
自分を大切にするのは
生きていく上で必要なことです。
ただし、
「軸」と「我」の区別をつけないと。
我は、通さないと気がすまない。
曲げたら折れてしまいそうで怖いから。
軸は静かに存在して、
上から押さえつけられても折れない。
たわんでたわんで、時を待つ。
まるで竹のように。
そういう人間、竹の女でありたいのです。
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「竹の女」は、
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