人間性を語ろうじゃないか

身内の某女は、
どなたかのことを話すとき、決まって、

「あの人はスラッとしている」

「あの人は背が低い」

「あの人は小錦に似ている」

と、外見をいうのでした。



さらには、
「あの人は、家族4人、
6畳一間のアパートで住んでいた」

「あの人は、いなかの農家の生まれ」

と、生まれ育ちについても必ず触れるのでした。



まるで、外見と育ちがすべてを決定するかのように。

人には格付けがあるかのように。



私はそういう某女に何度も抗議したのですが、
何がいけないのか、わからないようでした。

いや、わかるつもりがなかった。



外見と育ちで人生が決まるのなら、
世の中には運のいい人と悪い人がいることになります。

それじゃあ、その運のまま、
一生を生きていくのでしょうか。



某女は、見かけも育ちもそれなりによかったので、
チヤホヤされ過ぎたのかもしれません。

いえいえ、お釈迦様は、
とてもいい家に生まれたにもかかわらず、
人生の苦しみについて思いをいたし、
考え抜いて悟りを開いたのです。

経験していないからわからない、
という理屈は通りません。


某女は人間性に重きを置いていなかったのです。
他人のも、自分のも。



そうです、人間性。

見る側も、見られる側も、
人間性を基準にしていれば、
どんなときも堂々としていられるのです。

人を見かけや家柄で判断するのではなく、
自分の見かけや家柄を気にするのではなく。


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「静かな樹」は、カウンセリングとヒプノセラピーのサロンです。

どのような考え方に基いてカウンセリングを行っているのかを

書いていきたいと思います。

 

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