進歩するために

今回も、ある本から引用いたします。

 

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五感に視える(みえる)世界は心の姿の反映でありますから、

「悪」が存在する如き五官の証明に依って(よって)、

神は善であり愛であると云ふ信仰を捨ててはなりません。

みえると云ふことと「真実にある」と言ふことは別なのです。

外形に依って判断すれば、人生は屡々(しばしば)悪しきものが充満し、

災禍や、疫病が充ち満ちてゐるやうに思はれます。

併し(しかし)、[中略]、真実の人生は決して悪ではないと云ふことが判るのです。

そして却って人間自身の心が彼の悩みの原因であると云ふことが判るのです。

何故人間自身が彼自身の悩みを造ったのでありませうか。

それは彼に與え(あたえ)られた自由から、そしてその自由意志によって、

智慧の樹の実を食べたからです。

[中略]

かくて、神が人類に與へた「自由」を、人類は、最初の行使方法に於いて失敗したのです。

しかし、それは「悪」と云ふよりも、人類がまだ幼稚で発達の途上にあったと言へるでせう。

[中略]

吾々はみづから試みて苦しみを得たとき、その苦しみの原因を見出し、

みづから其の欲望や、想念や、感情を正しき方向に導いて、

みづからの自由によって不調和を改めて調和を実現せんと欲するのです。

[中略]

かくてこそ嘗て(かつて)は最も低き意欲を満足せしめた所の人もやがて最も高き意欲を持つことが出来るのであり、

誤って戦争に協力した人も、平和に対して偉大なる協力をささげることが出来るのです。

そして最も大なる罪人も最も大なる聖者となることが出来るのです。

昔から「悪に強き者は善にも強し」と言はれてゐます。

一度罪を犯したからと云って、善を為す自由を奪ってはならないし、

また善を為す志向を捨ててはならないのです。

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自分はこうこうこういう人間だ、と決めてかかる人の多いこと。

それがマイナス評価である場合の、なんと多いこと。

うぬぼれは困ります、もちろん。

うぬぼれ者は、自分は完璧でこれ以上努力の必要なしと思っています。

それはうそだ。

けれども、自分自身へのマイナス評価で凝り固まって、

そういう自分は変えられないと思い込む頑固も非常に困る。

 

うぬぼれに進歩なし。

頑固にも進歩なし。

 

人生とは○○である。

この、○○の中にどんな定義を入れるかによって、その人の一生は決まります。

 

上記の引用文を読み、自分自身に対する見方、そして、人生の定義について、

今一度考えていただければ幸いです。

 

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「静かな樹」は、カウンセリングとヒプノセラピーのサロンです。

どのような考え方に基いてカウンセリングを行っているのか、
月に1、2回のペースで書いていきたいと思います。

端的に言えば、「人間の本質は善である」ということ、
そして、「自分を愛してこそ、人を愛せる」、「国を愛してこそ、自分を愛せる」
ということが根底にあります。

また、どんな人生にも意味と目的があるということも伝えたいと思っています。


平成23年2月3日 (旧暦 1月1日)

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