やり甲斐はどこから来るのでしょう 3

選択肢3:

ここで生きることが自分の人生なのだ

と、覚悟する。





これを選んだあなたは、

かなり忍耐強いですね。



忍耐強いことはいいことです。

けれども、

ただ耐えるだけでは

新しい価値は生まれません。



また、

耐えるという行為に

やり甲斐はないですよね。





やり甲斐は、

人から評価をもらって感じるものではない。



やり甲斐は、

耐える行為の中にはない。



自分ひとりでも、

新しい価値を創造するという意気込み。

そこにやり甲斐が生まれます。



そして、そういうあなたにこそ、

必要な協力者が集まってくるのです。

海に小舟で漕ぎ出したあなたの周りに

イルカたちが集まってきて、

小舟を押してくれるように。



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「静かな樹」は、
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どのような考え方に基いて
カウンセリングを行っているのかを
書いていきたいと思います。


毎週月曜日 朝8時 更新予定です。

 

やり甲斐はどこから来るのでしょう 2

乗っていた客船が沈没し、

あなたは無人島にひとり流れ着きました。

そこで考えられる選択肢は3つ。

のお話をつづけます。





選択肢2:

小舟を作って、大海原に漕ぎ出す。
どこかで助けられることを願って。



これを選ぶあなたは、冒険家ですね。

そして、

助かると信じる力が強ければ強いほど、

小舟の上で持ちこたえる時間が長くなります。

人は、「もうだめだ」と思った時点で

ガクッと体力が落ちますからね。



さらに、

「信念は岩をも動かす」のですから、

人から見たら奇跡と思えるようなことも

起きてしまうのです。



たとえば、

イルカたちがやってきて小舟を押し、

人のいる陸地まで誘導してくれるかもしれません。





と、これを読んだ瞬間、

あなたの心に浮かんだことばは?

「うん、うん、あり得る」ですか?

「まさか、そんなこと」ですか?



「うん、うん、あり得る」なら選択肢2です。

「まさか、そんなこと」なら、1か3。



パッと浮かんだことばというのは、

あなたの潜在意識から出ているのですからね。



そして、それが

あなたの人生を運命づけています。



つづく。



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やり甲斐はどこから来るのでしょう 1

何事においても

やり甲斐を感じるのは

大きな力になりますね。

仕事でも、ボランティアでも、趣味でも。



では、やり甲斐はどこから来るのでしょうか。






想像してみてください。

あなたは豪華客船でゆったりと旅をしています。

ところが事故で船が沈没。

あなたはひとり、無人島に流れ着きました。

助けを求めようにも、そのすべがない。

ここで生きていくしかない。

さあ、どうしますか。



1.しばらくはがんばるけど、希望を失う。

2.小舟を作って、大海原に漕ぎ出す。
  どこかで助けられることを願って。

3.ここで生きることが自分の人生なのだと
  一生をひとりで過ごすと覚悟する。



もっと選択肢はあるでしょうが、

大きく分ければこんなところでしょうか。





さて、この3つから、

あなたの 「やり甲斐」 のタイプを見ていきましょう。



1を選んだあなた。

やり甲斐を 「人から正の評価をもらうこと」 で得ています。



会社で上司からほめられる。

家族が喜んでくれる。

人からすごいねといわれる。




そういうあなたは、

評価してくれる人が周りにいなくなると、

途端にガクッと気落ちします。

すべてにやり甲斐を感じられなくなるのです。



失礼ながらはっきり申しますと、


定年退職後

やることがないといって


どんどん老け込んでいく人は、このタイプ。






長いので、次回につづきます。





追記:

今気づきました。


きょうの記事で200本目です。

よくがんばりました、私。

パチパチパチ



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「神」に偏りはないのです

神。

宗教。

こういうことばを聞いただけで
拒否反応を起こす人がいますね。

私たち日本人の祖先は、
すべてのものの中に神を見ていましたのに。




そういう 「神」 と、

西洋での 「神」 はちがいます。



西洋では一神で、日本では八百万の神ということ?


いえ、それだけでもありません。


そこがわかっていないと、

宗教は麻薬だとか、

無宗教がかっこいいという

極論に至ります。





それでいながら、

一応、初詣はする。

家族が事故にでも遭えば、「祈る」。




初詣には行かない、

神社で手を合わせないという人は

確かにいます。



そういう人が、

家族が事故に遭っても祈らないなら

本物の無神論者。

あっぱれです。


でもそこまでは徹底していなくて、

日頃は 「宗教なんて」 とうそぶいているとしたら、

それは中途半端。


かっこ悪いです。






一神教は、得てして偏ることがあります。

正確に申しますと、

正しい神の捉え方から出発したはずが、

時代を経て解釈が変わり、偏ってしまうということです。

その、偏った結果を見て、

宗教には近づかない方がいいと考える日本人が

多くなるわけです。







一神教における 「神」。

古来から日本人にとっての 「神」。

そのちがい。


ちがいを知った上で、
神に偏りはないと知ることが大切です。





神は怒りません。

神は罰を与えません。

神は供物や懇願に左右されません。


神が偏っていると思うから、

自分の信じる偏った神が、

他人の信じる偏った神を排斥するのです。


戦争の元はそこから生まれています。


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正邪の判断基準


世の中、さまざまな思想があります。

殺人を正当化するものまであって、

どうやったらそんなものを信じるに至るのか、と

驚くばかりですよね。





先日、ある方との出会いがきっかけで、

はっきりわかりました。


ある思想が正であるか邪であるかを

見分ける基準というものが。




きょうは、それをあっさり書きます。

後日詳しく書くかもしれませんが。





その思想が邪であると判断できる場合:

・恐怖感をあおる

・悲壮感に満ちている

・罪悪感を持たせる

・排他的である

・攻撃性がある




つまり、この真逆が正。





その思想が正であると判断できる場合:

・安心感を与える

・喜びに満ちている

・すべての元は善とわかる

・すべてを大きく包む

・受容性に富む





この基準に照らし合わせてみてください。

あなたが信じているものを。

信じたいと思うものを。


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