人生は学校。楽しく学ぼう。
2013年8月19日
きのう、ある方にお話ししたこと。
それを少し詳しくして。
人間の意識は、互いに奥底でつながっている。
以心伝心が起きるのもそのため。
そして、人間の意識のもっとも深い部分は、
非常に崇高な意識とつながっている。
つながっているというより、
人間の意識はそこから発生している。
崇高な意識は善100%だ。よき可能性も100%だ。
それをどれだけ自分自身の意識として持ちきたすことができるか。
それが人生の目的だ。
そのためにいろいろな経験をし、学ぶ。
それが人生学校だ。
私たちは、人生学校に在籍している。
生まれ変わりを信じる人と信じない人がいて、
それは自由なのだが、
せっかくがんばってきた人が突然死んでしまったとき、
その人の努力がそこで無に帰するとしたら、
努力はなんのためにするのか、ということになりはしないか。
生まれ変わりがあると仮定し、
突然死んでしまった人も、
そこまでの努力が次の人生で活かせると考えたら、
なんだかうれしくないか。
崇高な意識、善100%の意識を底に秘めた存在、人間。
その100%のうちどれだけをこの人生で表すことができるか、
それが勝負だ。
たった今、全世界全ての人間の意識を測ったとしよう。
100%のうち、90%を表している人もいれば、
20や30という人もいるだろう。
キリストや釈迦は限りなく100だったろうし、
あれをやらかしてまだ悔いていない某教祖や、
ひとつの国を動かしてある民族を亡き者としようとした某などは、
10ぐらいなのかもしれない。
この数値は、肉体の年齢とは関係ない。
5歳や6歳で、人間性の高い子はいる。
そういう子に限って、人生がとても短いということもある。
人生学校の最終仕上げだからだ。
また、いい年して信じられないような犯罪を犯す人は、
まだ意識の%が低いということになる。
いうなれば、肉体の年齢に関係なく、
人生学校の幼稚園生もいれば、大学生もいるということ。
とはいえ、
実際の大学生が幼稚園生の知識レベルを笑うことが無意味なのと同様に、
人生学校の大学生は幼稚園生を笑うべきではない。
この人生では幼稚園からのスタートであったとしても、
そこからグングン伸びて、
高校卒業レベルぐらいまで上がるかもしれないのだ。
大学生もうかうかはしていられない。
向上心を捨てたらそこまでだ。
また、大学生は、幼稚園生や小学生の学びを助ける義務もある。
家庭教師はたいてい大学生じゃないか。
自分も学びつつ、人の学びを助ける役目。
そのとき、見下す必要はさらさらない。
たまたま自分が先に大学生になっただけのことなのだから。
さあ、楽しく学ぼう。
停滞を受け入れるのはやめよう。
実際の学校はとっくに卒業したとて、
人生学校は死ぬまで続くのだ。
自分の人間性を向上させ続けることの、
なんとすばらしきことか。
すでに100%を内包していると知れば、
出せば出すだけ輝くということがわかるはず。
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「静かな樹」は、カウンセリングとヒプノセラピーのサロンです。
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平成24年9月30日 (中秋の名月)