しかたないという人生観

私の近くに、

「しかたない」

「どうしようもない」

が口ぐせの人がいました。



ふたりも。



どちらも男性で、

社会的に責任のある地位にあり、

相当忍耐強い人たちでした。




私からすると、がまんし過ぎなくらい。



彼らは、

親戚や他人から


面倒ごとを押しつけられていました。

それを、

「しかなたい」

「どうしようもない」

といって耐え、

自分ひとりで背負い込むのでした。



しかも、

ふたりとも深酒をします。

そして、

「しかたないんだ」

「どうしようもないんだ」

と、酔った目をして何度もいうのでした。





面倒ごとをやってくれる人は

便利な存在です。

だから、

泣きついてくる人は後を絶ちません。

それらをすべて、

「しかたない」

「どうしようもない」

といって引き受ける。




彼らは、

ずっとそういう生き方でした。

人々からとても頼りにされました。



ところが、

本人が亡くなると、

驚くべきことが起きます。




さんざん世話になった人たちが、

誰ひとりとして、

「感謝している」

といわなかったのです。




本人は亡くなっていますから、

それで終わりということでしょうか。







人生を

「しかたない」「どうしようもない」

と見ていると、

当然、どうしようもない人生を送ります。



さらには、

大勢の人が甘えに来ます。

甘えるだけ甘えて、去っていきます。




「しかたない」人生観の人は、

自分の人生を

必要以上に苦しいものにし、


同時に、

まわりの人の人生を

甘ったれたものにするのです。







「しかなたい」ことなど、

この世にひとつもありません。

自分では変えられないように見えることにも、

大きなプラスの学びがありますから。




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書いていきたいと思います。


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人を恨む教育の悲しきことよ

日本の近隣国で、

日本人を恨むよう仕向ける教育がなされています。



日本人は、

それをしかたないと思っているのでしょうか。





国内ですら、

日本人を恨む教育はなされています。



私が中学生の頃、

社会科の教師Nがまさにそうでした。

今振り返るに、

Nはどこかで聞きかじっただけの話を

生徒たちにしていたのです。



それは、

第二次世界大戦中

日本の軍人が、

他国の民間人に対して

非常に残虐なことをしていた

という話でした。




まるで見てきたかのように話すNでしたが、

その出典をいいませんでした。



事あるごとに、

同じ話をするのでした。





そもそも私はNという人間を

教師として信用していませんでした。



彼の授業は、

ただ教室にやって来て

教科書を読み、

指導用参考書のようなものを

黒板に丸写しするだけ。

あとは、くだらない話をするだけ。

くだらない話の手持ちは少数で、

その中に、

軍人の残虐話がはいっていたのでした。



信用していない人間の話すことなど

どうでもいいので、

私は不快に思いながらも

やり過ごしていましたが、

もしあれが、

心から尊敬する師の語る話だったら

どうだったでしょうか。




14、5歳という

「物事の本質を知りたい」

という欲求が強い
年齢で、

自分たちの先祖が

非人間的だったという話を

繰り返し聞かされていたら。



私は日本人を恨み、

反社会的な行動をする人間に

なっていたかもしれない。



そう思います。

行動力は人一倍でしたから。







日本軍の残虐話は

でっち上げが多いです。

そう知ったのは、

成人し、かなり経ってからでした。

それまで誰も教えてくれなかったというのは

恐ろしいことです。







さて、

誰かが悪いことをして、

たとえそれが本当でであっても、

そのことで人を恨む教育は

してはなりません。



真実を話すことは必要だとしても、

それを

恨みの念に持っていかないようにしなければ。




ここが普通は難しいのですが、

人間の本当の姿がわかっていれば、

できることです。

自分が愛と善と喜びのかたまりであるのと同様、

悪事を働いた人も愛と善と喜びなのですから。

本当は。



「罪を悪んで(にくんで) 人を悪まず(にくまず)」

です。







恨みを持ったまま成長することは、

その人の心をゆがめます。






今すでに

恨む教育をされてしまっている人たちには、

その恨みを解いてあげることも

私たちの義務ではないかと思います。



日本人が

不当に恨まれているままで、

のんきにいていいはずがありません。





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だから転生する

「人生は一回きりだから」

という人がいますが。



もしそうだったら、

苦しいことなんかしないで

楽して生きた方がいいのではないですか。



どうせ死ぬのだから。

何も残らないのだから。






「人生は一回きり」ではありません。

「この人生は一回きり」です。





人は転生します。

人生という、

「魂学校」の

学年を上げるために。



幼稚園にはいり卒業し、

小学校に入学し卒業し。



中学校、高校。

高校では1年飛び級して、

大学はいったと思ったら留年して。




そんなふうに

自分自身を向上させていくのです。



もちろん、最終目標があります。

魂を磨き上げた状態にすること。

それは神と同等の状態。

人は、

神の要素を内にもっています。

いわばダイアモンドの原石。


それを磨き出す作業をするのです。



人生はそのためにあるのです。



磨こう、磨こう、自分。

自分を磨けるのは自分だけ。

磨くも磨かないも、

責任は自分にあります。





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誰もが本当は成長したい

人間は

成長したくて生まれてきます。

のんべんだらりと生きるつもりの人は

いません。



赤ちゃんのときから

体はグングン大きくなり、

驚くほどの吸収力でことばを覚え、

知識を得ていきます。



それと同時に心も養う。

それが一番大事なことだと、

人はどこかでわかっているのです。





ただ、

それをはっきり自覚するかしないかで、

生き方が変わってくるわけで。



自覚しなければ、当然、

どうでもいい人生、

適当な人生を送ることになり、

何も積み上げることなく終わるでしょう。



それでいい、なんてうそぶいても、

魂はそうは思っていません。

だから、どうでもいい人生を生きている人は

楽しそうでないのです。



当たり前の理屈ですね。





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今日が人生最後の日?

今日が人生最後の日だと思え。

そう思って過ごせば、

やるべきことをしっかりやれる。

100%で生きられる。



というようなことを

主張している方がいらっしゃいました。



明日死ぬと思えば、

誰だって、

今日一日悔いなく行動しよう

と決心しますね。



もっともです。



でも、

くる日もくる日も、

「明日死ぬんだ」

と思って生きるって

どうなんでしょう。



将来の夢が

描けなくなります。

計画を立てられません。



一日単位で生きていき、

過去が積み重なっていく

という形です。



その日暮らしと

ちがわない気がします。

夢も希望もなくて。



前を断つからですね。






「背水の陣」ということばがあります。

これは、あとに引けないようにする

という意味ですね。

後ろを断つのですね。





「今日が人生最後の日だと思え」は、

前にあるはずの時間を断つこと。



「背水の陣を敷く」は、

物理的に後ろにあるはずの退路を断つこと。




どちらにしても、

最大の力は出るでしょう。

でも、

夢が描けないのは

つらいですよね。



夢を描き、

計画を立て、

そして背水の陣を敷く。




そのの方がいいですよね。





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