向上したくない心に打ち勝つ
2013年4月15日
なんと、「向上したくない心」というのがあります。
今のままでいい、その方が安全だという心。
つまり、変化への恐れがあるのです。
ここ半年、シータヒーリングTMというものを勉強しておりまして、
自分でも驚く速さで次々とセミナーを受講しております。
ところが、申し込んだセミナーに行こうとすると、
信じられないハプニングが起きるのです。
ある日は。
会場までの時間や電車を調べ、◯時△分に家を出ると決めてあった。
その30分前に着替えて用意すればいい。
居間の壁時計で時間を見ていた。
たまたまお手洗いに立ち、
ふと洗面所の時計を見た。
すると!
洗面所の時計は、
◯時△分まであと5分の時刻を指している。
狐につままれたような気持ちで再び居間の時計を見た。
居間の時計は…止まっていた。
あり得ない。
うちに来て10年の壁時計。
電池がなくなりかけると、
ちょっと時間が狂うという方法でそれを知らせてくれていた。
いきなり止まるなんてこと、今まで一度もなかったのだ。
それなのに。
慌てて支度して飛び出し、なんとか遅刻はしないで済んだのだった。
別のある日。
会場に15分前には着くことをモットーとしている私は、
予定どおりの時間の電車に乗った。
電車が発車してふた駅ほど行くと、車内アナウンスがはいった。
「この先の☓☓駅で信号トラブルが発生しました。
電車は、□□駅で折り返し運転になる可能性があります」
私が乗り換える駅は□□駅の先。
その手前で降ろされては困る。
急きょ、別のルートで行くことに。
乗り換え回数は増え、時間は長くかかった。
それでも、なんとか遅刻はしないで済んだ。
さらにまた別の日。
会場へ行く前に、某駅でデパートに寄った。
用事を済ませ、お手洗いに行って、それから電車に乗った。
ここまでは予定どおり。
目的地の駅で降り、歩き出してから突然気づいた。
「化粧ポーチがない!」
お手洗いの洗面台の上に置いてきたのだ。
あり得ない。
忘れものというものをほとんどしたことのない私。
人生で、雨傘を置き忘れたことは皆無、が自慢。
その私が、
三種の神器のひとつともいえる化粧ポーチを、
置き忘れるなんて。
すぐにデパートに電話し、遺失物として届いていないか尋ねた。
届いていない。
届いたら連絡をくれるとのことで、ポーチの特徴を聞かれた。
セミナーに参加はしたものの、気が気ではない。
休憩時間にもう一度デパートに電話。
届いていない。
もしや、実はお手洗いではなく、
バッグの中から財布を取り出すときに、
ポロリと落ちたのではあるまいか。
電車の中か駅のホームで。
セミナー終了。
20%ぐらいは、心ここにあらずだった。
デパートから留守電はいっていない。
さあ、そこから、私のポーチ探しの旅が。
鉄道会社3つにまたがったルートで来たので、
帰路、それぞれの乗り換え駅で事務室に行く。
ない。どこにもない。
ほとんど諦めかけた気持ちで、最初のデパートへ戻った。
エスカレーターを上っている途中、
「遺失物係」の札が見えたので寄ってみた。
届いたら連絡をくれると言っていたのだから、
届いているはずはないのだが。
と、
「たった今、届いたところです」
と言われ、私の愛するポーチがそこにいた。
しかも、私が利用したのとは別の階のお手洗いで発見されたとのこと。
そこへ移動させた人の意図はわからない。
でも、店員さんに届けることなく、そこまで持って行ったらしい。
とにもかくにも、ポーチと中身は無事だった。
いや、中身ときた日には、
高そうなコンパクトなぞははいっていないのだが。
そんなこんな。
私の顕在意識(表面の心)は、
セミナーを受けて向上したい、変化したいと願っている。
ところが、潜在意識(奥に隠れた心)は、
向上などせずにこのままでいたいと言い、足を引っ張ったのだ。
潜在意識も自分の心の一部ですから、
その有り様に責任を持つのは自分です。
私は、セミナーに行かせまいとする潜在意識に打ち勝って、
なんとしてでも行く方法を見つけたのでした。
その結果、今、私はどんどん変化していっています。
どんなふうに?
軽やかに。
真の幸せとは何か。
それをはっきりと知り、
それに向かって舵取りすると決めたとき、
妨げるものはサラリと乗り越えればよいのです。
その方法は、必ずあります。
「意志あるところ 道あり」であります。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「静かな樹」は、カウンセリングとヒプノセラピーのサロンです。
どのような考え方に基いてカウンセリングを行っているのかを書いていきたいと思います。
毎週月曜日 朝7時、更新予定です。乞うご期待。
平成24年9月30日 (中秋の名月)