自分の人生を人に決めさせていいのか

先日、ある場所でたまたまお会いした方。
心療内科に通っていらっしゃるとのことでした。

ちっともよくならないとおっしゃるので、
心の向きを転換できたらと思い、
その場でいろいろお話ししました。
許された時間は数分間でしたが。

でも、その方は、私の提案をすべて却下しました。


たとえばこんなふう。仮にその方をAさんとしましょう。

私「丹田に気が集まるようにするといいんですよ。
  気功や太極拳を習いに行ってみてはいかがですか」

A「時間がありません」

私「今はDVDも出ているから、家の中で畳一畳あればできますよ。
  とっても気持ちいいし、体にもいいんですよ」

A「時間取れませんね」


実はAさん、最初に言っていたんです。
眠れなくて、朝早く起きてしまうと。
そこからずっと、考えごとをしてしまうと。

それでも、時間がないと言い切る。

どんな会話のときでもそうですが、
相手の話の矛盾をつくときは、それが本当に必要なときに限ります。
Aさんの大いなる矛盾を、私はそのままにしました。

なぜなら。
このあとAさんはポロリと言ったのです。
「重いものを背負わされたなあと思って」

その重いものが何を指すのかは、ここには書きません。
が、これを聞いて私は、何を言っても無駄だと感じました。
Aさんは、自分が被害者だと決めてかかり、
そこから抜ける気がさらさらないからです。

自分が被害者だと決め、
そのせいで今の自分は変えられないと信じることを選択すると、
当然、その状態はずっと続きます。

突破口があっても、そこから出ることを拒みます。

今の状態でずっといたいのです、実は。


Aさんは、あの状態を続けるつもりです。
おそらく、人生は下降線をたどるでしょう。
そして、そのことをAさんは、
背負わされた重いもののせいにし続けるでしょう。

残念なことです。
まだ20代だというのに。


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平成24年9月30日 (中秋の名月)

顔が笑えば内臓も笑う

このブログ、
過去に何を書いたか、
ちっとも気にしないで書いております。

よって、重複することがあるかもしれません。

そのときどき、みなさんにお伝えたいことですので、
「前にも同じようなこと、読んだなあ」と思っても、
再確認の意味で読んでいただければと思います。




顔が笑えば内臓が笑うというのは、
けっこういろいろな方にお話しするのですが、
みなさん驚かれます。

私の中で当たり前になってしまっていることが
世間では当たり前でないということを、
常に念頭に置かねばと思う次第です。



さて、本題です。

愛想笑いをしながら、
心の中では「このやろう」と思っている場合を除きます。

もうひとつ、
せっかく笑ったのに、そのあと、
「どうせ私は運が悪い」という思いに戻ってしまう場合も除きます。

人は、とにかく笑ってしまえばいい、という話です。

顔が本当に笑っているとき、顔だけが笑うということはあり得ません。
顔が笑っていれば、全身の臓器が笑います。

眉間にしわを寄せがちな人は、
胃腸を悪くすることが多いです。
身近にいますでしょう、そういう人。

笑顔ひとつ見せず、
しかめっ面して、世の中の文句ばかり言って、
自分が常に被害者だと思っているような人で、
健康な人を見たことがありますか。

私はありません。

だいたいそういう人は、
あの病気かこの病気を持っています。


反対に、お福さんを思い浮かべてみてください。
あのお顔、胃腸が悪いように思えますか。
たぶん、彼女はいつもニコニコしながら、
おまんじゅうなんかにかぶりついているに違いありません。


顔が笑うと一緒に笑うのは、なにも胃腸だけではないのです。
自分のものでありながら、
日頃あまり存在を感じられない臓器たちも、
一斉に笑っています。

笑うと免疫力が上がるというのも、
その結果のひとつです。

体は、全体でひとつとして働いているのです。

西洋医学が浸透したせいで、
体を部分部分に分けて考える傾向が強くなっています。
せいぜい、消化器系、循環器系と分類するぐらいです。

考えてみてください。
胃腸に血液を送っているのは循環器で、
循環器のための栄養を取り入れているのは消化器です。
また、心臓そのものが元気でも、
血管内を流れる血液が健康でなかったら、
心臓は病気になるのです。

ところが、西洋医学では、
心臓と血液は別分野として扱われるのです。


繰り返しますが、体はひとつとして働いています。
部分部分の集まりではありません。


そういう体をどうやったら最高の状態にしておけるか。
そのために知っておくべきことはいろいろとありますが、
大事なことのひとつが、思いっきり笑うということです。

笑ったとき、顔が体の代表としてそれを表現するけれども、
その陰では全臓器が笑っているということ、
覚えておいてください。


最後に。
笑っているつもりで、あまり笑っていない人がいます。
今一度、日頃自分がどんな笑顔をしているかを
鏡の前で確かめてください。

破顔。
呵々大笑。

できますか。


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平成24年9月30日 (中秋の名月)

持っていない方がいい 心のマイナス

心のマイナスは、なければない方がいい。

本人が気づかないところで、その人の足を引っ張るから。


気づかないというところがミソで、
本人は、「なんでこうなる?」と思う。

気づいていればいたで、
なんとかしたいと思ってあがくのになんともできなくて、
それが劣等感になることもあるから困りもの。


そう。
心のマイナスは、気づいているもの、いないもの、
どちらもさっぱりとなくした方がいい。


あがいて劣等感にする前に。
努力してもうまくいかない人生に、疲れる前に。
人生なんてこの程度、と妥協する前に。


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平成24年9月30日 (中秋の名月)

動物との対話は楽しい

ペット・カウンセリングをしています。

アニマル・コミュニケーションといわれるものに加え、
ヒーリングもできるのが特徴です。



特に動物好きだったわけではありません。
子供の頃、家でセキセイインコを2羽飼っていましたが、
世話をまめにするわけでもなく。
そりゃあ、かわいい子たちでしたよ。
今でも姿が目に浮かびます。



室内で犬を飼っている家に、
1年間お世話になったことがあります。
途中で猫も加わりました。

でも、犬がいつ何を食べていたのか、
猫がどんなウンチをしていたのか、
まったく覚えていません。
興味がなかったので、見ていないのです。
そりゃあ、2匹ともかわいかったですが。



今のマンションもペット不可。
10年前にここに移り住んだとき、
ペットを飼うなどとは考えもしなかったのでした。





そんな私がペット・カウンセリングをするまでになり、
動物たちと対話することが楽しくてしかたない。

散歩していてハチさんに会えば挨拶し、
ノラ猫ちゃんともできれば友だちになりたいと近づいてみる。

このような自分になるとは想像だにしませんでした。

( ちなみに、木々とも対話するので、
あちこちにお友だちツリーがいます。)





特に動物好きでもなかった私が、
こうして動物たちと関わることになった。

この順序でよかったのだと思っています。

小さい頃から動物に囲まれて過ごした人でなくても、
動物と対話できるということを証明できたから。

人はいくらでも変化できるということも。





過去からの思い込みがたっぷりある人間とちがい、
ペットは、ヒーリングを受け入れるのが非常に早いです。

ただ、飼い主の思いの影響を受けるので、
ヒーリングで100%というわけにはいかないことも多いのです。



もっともっとたくさんの動物たちと話したい。
ヒーリングもしてあげたい。



素直な動物たちの思いを感じると、心が洗われる思いがします。




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